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歩いていこう

author : rinrin

石と通じ合う

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今日は、マーガレットとスイトピーです。

スイトピーは、地味な花かと思ったら、やはり、地味でした(爆)
地味だけど、しっかり、中心をサポートする、そんな感じがします。


黄砂と花粉で、たまらない日々ですが、昨年より、ずっとましになってます。
アレルギーというのは、体と心のこだわりや、思考のゆがみ?を
体が、外に出そうとする自然反応だと、聞いたことがあります。

まだ、必要のない、心の癖がありそうです。
先日、夢を見ました。

眼科に行って、目を冷たい洗浄液で洗われるという夢でした。
なんだか、気持ちよい夢ではありましたが。。。
目に気をつけろということかな?と思いましたが、
いや、違うと、感覚が異議を申し立てました。

曇りのない、心と目で、物事を見つめなさい。
今までの、思い込みを流してしまいなさい。

そういう、メッセージに感じました。

思い込み、心の癖、まだまだ、あるようです。
心静かにして、気をつけていようと思います。


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先日、縁がありまして、水晶を得ることができました。

昔から、水晶に心惹かれて、水晶の数珠、5本ほど、原石数個・・・他にもあったのですが、
行方不明中(笑)

原石の、これほど大きなものを手にしたのは、はじめてです。
といっても、手のひらに乗るサイズです。
私は、まだ、石と意思を通じ合えるほど、石にチャンネルを合わせられないのですが、
今後、ぜひ、やってみたいことです。
今現在、現実において、仕事のおかげで、私自身の波動が、かなり粗目であることを、
自分でも、自覚しています。

引きこもり時期は、いろんなビジョンをよく、見たものですが、
今は、ほんとに、さっぱりです。

本当は、いつでも、チャンネルを合わせられるように、なるのが、ベスト。
でも、不器用なので、なかなか・・・難しいです。
これからの、課題かな。

それでも、この石は、おちゃめで、いたずらっぽい、
それでいて、華やかで、賢く、アンバランスな感じを受けます。
そして、もう一方では、「まだ、見せてあげたいものがあるよ」と
石に、楽しげに催促されている感じがするんです。

見ていて、楽しいです。

うちに、来てくれてありがとう。


光一元

世界は、光一元であると、教えてくれた人がいる。

その意味が、いまいち、掴みきれないでいた。

現象的、表面的、この世的に見れば、とても、光一元とは思えない。
どうしても、2元的(善と悪)に感じる。

けれど、心、魂から見た世界は、光に満ち溢れている。
光のみの世界。

ということは、一元は、魂の故郷で、
2元は、肉体を持ったゆえの葛藤であり、人間が
生を営む上で、勝手に作り出したものだろう。

http://plaza.rakuten.co.jp/k0102/

このサイトは、ある方から紹介されて以来、もう、2年も前から、読み続けている。

私としては、めずらしく、作者さんとの、交流はない(笑)。
私は、ただの読者。
最近では、たまねぎのことと、想念帯の話が興味深かった。

そして、握り締めた手の平の中を執着と呼び、
空に放り投げ、手放すことが書かれていた。
このイメージは、本当にすばらしい。

私も、今まで、このイメージを、自己流で何回となく、心に描いてきたが、
作者さんのイメージ法は、とても美しい!


執着すればするほど、物事は、複雑になる。

シンプルがいい。

「私」が中心にあることが、今までの私の課題であったけれど、
これからは、次第に、私が透明になりつつある気がする。

手放せないものを多く抱えていればいるほど、
心も体も人生も重くなる。

恐怖も大きくなる。


最初は、理屈、理論でいい。

それから、感覚。

そして、魂。

魂は、光一元。

喜び、歓喜、祝福。

そうなりたいものだと思う。


屋久島、一度、行ってみたいねえ♪

負けないで

2007年が、終わります。

感謝しながら、2008年を迎えたいと思います。





どうか、どうか、神様、

今、苦しい中で、震えている魂に、

暖かい祈りが届きますように。



ひとりぼっちで、ひざを抱え、

涙をこぼしているあなたに、

ひとりじゃないよと、伝えることができますように。


孤独でつぶれそうになるとき、

私を呼んでください。


いつでも、どこでも、私は、そばに、いるよ。


何もできないけれど、

あなたと共に、心の痛みを感じるよ。



いつも、心のすみっこで、

そんなことを思っていた、2007年でした。


想いは、届くこと、知りました。

人は、みんな、つながっていることを知りました。

深い愛の姿を、知りました。



だから、今、辛い思いをしている人に

寄り添える自分でありたいと願いました。


私は、たった一つの、名も無い、小さな、小さな、幼い魂にしかすぎません。

それでも、私は、思い続けるのです。


負けないで。

生きて生きて、生き抜いて。



これは、私が、一番辛いとき、

もうひとりの私が、私の中の魂に、語りかけ続けた思いです。


がんばれ、一人じゃない。

辛いときは、いつも一緒にいるよ。

私を名を、呼びなさい。

私に、語りかけなさい。

そして、私の声に、耳を澄ませなさい。

私は、あなた自身なのだから。




2007年、ありがとう。

たくさんの出会いをありがとう。


魂は、つながっている。





光のように

小春日和のような光をなげかけてほしい。
あちこちで乱舞する光のようであってほしい。
温かいまなざしでもって、人々に接するような人であってほしい。
人の悲しみを悲しみとし、人の喜びを喜びとし共に分かち合いながら共に幸福を広げていけるように。

とある、本の一節より~

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

う~ん、感動・・・。
心に染み入る。

嫉妬という感情。
深い怒りの感情。
現実生活での、自分にとっての不都合な感情。

それぞれが、学びへのステップ。

でも、そうだね・・・短期間で、思いつめる必要は無い。
暗き方向にだけ、気持ちを置く必要も無い。
結果は、長丁場で・・・。

本来、人は、光そのものなのだから。
そう信じることが、かすかな、信仰心のはじまりだね。

思考に終わりはない。
死んですべて、終わりではない。

だからね、この人生、歩いていくのさ^^

なんてね。

正しく語る難しさ

正しく語る→正語っていうのが、あるのですが、

難しい・・・非常に難し~。

正語・・・って?

正しいニホンゴさえも、怪しい・・・

いや、これは、そういう意味じゃないんですが(笑)

とある、ところで、そんな事を書いてあったので、

自分チェックしてみました。


@不妄語 →うそ、いつわりを言わないこと。

う~ん、言います。。。(爆)
いや、自分にも、うそついたり、ごまかしたりするし。
自分を大切に・・・


@不悪口→ 悪口を言わないこと

言います、言います(大爆)
ばらまきは、しませんが。


@不両舌→二枚舌をつかうこと

あまり、無いと思うけど、あるのかなあ~(苦笑)
あるかもなあ~。大人って、汚いわ!って、言わないで(涙)
かみさまあ~ごめんなさ~い(懺悔のお時間)

@不綺語→お世辞を言わないこと

おっ、これは、できてる!
お世辞は、ニガテ。
いいなと思ったら、そのまま、言う。
ヤダぁと思ったら、黙る(ぷぷっ)

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*


(なんか、バトンみたいですね。これ)

身内になると、ついね、
きっつ~い、言葉、ばら撒いたりするよね。
甘えが出るのね。

でも、思ったことが、すぐ口や顔にに出ちゃう、私みたいなタイプは、
これに、正思ちゅうのが、大事。
口は、災いのもと、しかし、つい・・・ってことが。
この、口がぁぁ~~~~~って。

大事なのは、物事や状況を見て、正しく判断するってことで。
でも、今までの人生のねじれ具合で、修正が、必要になってくるよね。
何を、もとに、正しく見る、思うことが、できるのか?
そこが、今、無くなってしまっているんだよね。
価値観の多様化なんて、ごまかしている場合じゃないのだ。

って、なんで、こんな話、書くのかっていうのは、
今日の新聞に、教育再生会議が、小中校に「徳育」っていうのを
提言するって、書いてあったけど。

要するに、いじめ対策の一環らしい。
そんな事で、いじめは、無くならないと思うけど。

教える側の、人格によってしか、子供には、感化力無いと思う。
急がれるのは、教師、大人側の「徳育」じゃないのかなあ?

責任転嫁型の日本らしい発想だ。
問題は、子供じゃないぞ。
まず、自分が変われってこと。

だから、談合も、賄賂も、八百長も、無くならないんだろ。
談合なんて、実際、建設業界、アルんだから。
役所も、それに加担してるんだから~。
想像でもなんでもなく、実際、その業界に、いた事あるので、
知ってる。。。その必要性も、知ってる。
自由入札制にしたら、とんでもないことが、起こるのも知ってる。

けど、ずるした方が勝ち、悪賢いことが、勝ちって、普通にある、
大馬鹿やろ~の世界。

全然、正語、できてませんね・・・私。
精進します。





いや、笑った!

祈り

主よ、私は自分を平和の道具とします。

憎しみあるところには、愛をもたらします。

傷あるところには、赦しをもたらします。

疑いあるところには、信頼をもたらします。

絶望あるところには、希望をもたらします。

闇あるところには、光をもたらします。

そして、悲しみあるところには、

喜びをもたらします。


聖なる主よ

慰められるよりは、慰めます。

疑うよりは、信じます。

見捨てるよりは、拾います。

理解されるよりは、理解します。

そして、愛されるよりは、愛します。

真に与えることによってこそ、真に受け取ることとなり、

真に赦すことによってこそ、真に赦され、

死ぬことによって、永遠の生命に生まれることではなく

今生きている世界からが自分は永遠の生命にできて生きているのですから、、、

その歩みを止めることはありません。


*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*


これ、いいな~。
聖フランチェスコの祈りの変形判です。
とある、ブログで、見つけちゃいました。

著者いわく、「○○させてください」じゃだめって。

それじゃあ、今、出来ないことを認めるようなもんだと。

いつになるか分かんないだろってさ~。笑

大正解だ。

そうじゃなくて、今、そうなると

この場で、決めるんだって。

そうなるまで、待っていたら、また、歳だけ食うぞと。

いや、実に、正解だ。

興味あったら、この方のブログ読んで見る?
http://sptenchan.blog23.fc2.com/

甘っちょろい、スピ系、バッサバッサだよ。
いや、面白かった。

ただね、これも、正しいことを一部、言いつつも、一つの見え方なんだと思うよ・・・

すべて、納得のいくものが、少ないなあ。このスピリチュアル世界。

受け取る個性と資質の違いは、どうしようもないからね。


もっと、高次のものは、確かにあるから。

自分が「無い」と思えるから、世の中には、全く

存在しないと、言い切るのも、どうかと思うし・・・

でも、なかなか、いい線いってると思うけど。

「スピリチュアルにハマる人、ハマらない人」

精神科医の、香山リカさんの本です。

精神科医としての観点から、スピリチュアルを紐解いている。
一見、やさしく好意的でありながら、否定。
まあ、一般的な、ものの見方だろうと思います。


しかし、無謀にも、あえて反論をば(笑)してみようかと思います。

スピリチュアルは、「はまる」ものでは無いと、私思うのです。
そこから、そもそも、思考の方向が違う気がしています。

私は、霊的なものは、「はまる」のではなく、隠されたものを、発見する旅に似ていると、そう思います。
確かに、一過性のブームで終わる人もいるのかもしれない。
けれど、人間の深い心の中には、
「すでに、知っているのだけれど、忘れてしまっている」という
そういうものがあって、
スピリチュアリズムは、それを、人に、思い起こさせる
きっかけになるのではないかと、思うのです。


ただ、そうだなあと思える箇所が、あったのね。

「交霊によって、『なぜ生まれたのか』『生きている意味は?』『どうしたら幸せに暮らせるか』を考えるのが、スピリチュアルの目的だが、そこにあるのは、一見哲学的な思想のようだが、実は、圧倒的な自己中心主義であり、現世主義なのだ」

とあった。

スピリチュアルブームだけで、終われば、そうなんだろうなと思う。
女の子が、占いにはまるみたいな感じでね。
でも、今、江原さんが、火付け人になった感があるけれど、
あれは、ほんの入り口だと、私は、思っています。
確か、江原さんもそう言っていたと思います。
TV、雑誌、本で紹介されるものは、最初は、確かに、自己中心的、現世主義なのかもしれませんが、そこは、まだ、ABCのAにも、届いていないと。。。

自分が幸せに生きたいと願うことが、自己中心主義。
私は、大いに、いいことだと思います。
だって、この世は、自分さえも、幸せで無い人が、あふれているじゃありませんか。。。
自分の力では、どうしようもない、怒り、悲しみ、空虚、妬み、憎しみで・・・ね。

一方、自分が満たされたら、隣の人も、幸せになって欲しいと思うのが、自然でしょう。

スピリチュアルの本髄は、私、そこからだと思うのです。
今は、スピリチュアルのほんの入門編。
次第に、期が熟したら、次の段階に入っていくのではないかと思うのです。

また、香山リカさんは、面白いこと書いてます。

スピリチュアルにはまる人が、宗教に、何故移行しないのか?という疑問を呈していらっしゃいます。
スピリチュアルにはまる人は、自己中心主義なので、宗教のように、自分以外の人を大切にしたり、自我を飛び越えて、社会を良くしようとは、思わないと。

スピリチュアルと、宗教は、確かに、近い関係ではあるけれど、やはり、目的が違うのだろう。(今のところは)
そういう意味では、スピ系が、ひきこもり系自己完結と言われてもしょうがない部分もある。
また、スピ系は、まとまりが無いと言われる。これは、確かにうなずける。ある意味、気楽。
気楽な分、自分でどのように、解釈してもいいわけだ。
これも、うなずける。

宗教は、自分の中だけで完結するスピ系を一歩すすめて、自分以外の(厳密には違うけど)存在を認め、契約するという作業がある。
そして、集うことで、より、強力な磁場を作り、広げることを求める。

ここが、宗教の嫌われるゆえんになるのだろうと、思うけど、
それは、たぶん、その宗教によって、かなり、違うので、
まあ、自分の目で見て、感じるしかないわけです。

ともあれ、私は、これから、日本で、スピリチュアルが、どう発展するのか、楽しみにしている、ひとりです。

最後に、香山リカさんに、一言。

精神科医なら、ちゃんと、治してください、病気で苦しむ人たちを・・・。

起立性調節障害、神経症、うつ病、脅迫神経症、境界例人格障害、
統合失調症。

治してから、出直してください。

あなたの事を、もっと知りたいのです

しまった~、

ぼけぼけしてる間に、●●さんとこの記事でアップされてた~。><;

ずっと、前に、見つけて、いつか、アップしようと思っていた詩篇。

いい機会なので、私もアップしとこ~。笑

シンクロを感じてしまいました。ありがとう。



あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。
私はあなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。
あなたが何歳かということも関係のないことです。
あなたが愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。

あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、それによって傷つくのが怖いばかりに心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。

あなたが、自分のものであれ人のものであれ、痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。

また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに。

私はあなたの話すことが本当かどうかには関心はありません。
私はあなたが自分自身に正直であるためには、他人を失望させることでさえあえてすることができるかどうかを知りたいのです。

たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりはその非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。
たとえ不実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、あなたと言う人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。

私はあなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。

私は、あなたがたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるかどうか、それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かってイエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。

あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、子どもたちを食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。

あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここに来たかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。

あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。

私はあなたが自分自身としっかり向き合い、その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。

オライア・マウンテン・ドリーマー



人と関係性を結ぶとき、この詩篇の中にあるように、
相手の魂に、触れる瞬間がある。

そして、それを、もっと知りたいと思うのです。
見たい、触れたいと。

そして、それが、自分自身への、魂の発見に、つながるのだと思います。

あなたを発見することは、私を発見することになるのです。

だから、私は、あなたのことを、もっと、知りたいと願うのです。

エドガー・ケイシーの本(ちょっと追加あり)

怪しい古本屋に引きつけられます。
雑多に並べられた古い本の中に、今は絶版になっていそうな本を見つけると、喜び~♪です。

今日は、エドガーケーシー&白隠禅師&E・クーエの本をゲット。

まず、エドガー・ケーシーの読み直しから。


私は、子供たちがお腹にいる状態の頃、精神的に、かなり参っていたようだ(当時は、必死だったので、自覚がない)。特に、二人目の時。

ケーシーの子育ての部分を読みながら、当時のそういう気持ちが、思い出されます。

まあ、それは、ここでは、はぶいちゃって、ケーシーの本に、親子のあり方が、書いてあったので、少しだけ、アップしてみました。


お母さんが、息子を援助したいと思う心は、自然でそれはそれで、正しいことなのです。(と、言いながら次の言葉へと続きます)
       
いいですか?
どの人も、それぞれに、全ての全てを創った力を理想として持ち、その理想を自分らしく適用し、表現するために地上へやってきました。

それぞれの魂は、自分の道を選んでいます。
ですから、他人の人生観を押し付けられて、生きる事や、
そのように、指示されることや、一般的な助言でさえも、
それが、自分自身の選択と同じでないならば、援助というより、
妨害になってしまうのです。



分かりやすい話ですね。
また、ケーシーは、このように、不必要な手を出すことは、子供の前に落とし穴を掘っているのと同じことだと、言ってます。
大きな穴を掘ってしまった、私が言うのも、なんですが、もろ手を挙げて、同感します。
正論も、また、時代によって、時期によって、場所によって、不確かなものです。そして、人類の8割が正しいと思っていても、2割の方が、時代に即したものであるかもしれません。
ガリレオもそうでしたし、コロンブスもそうでした。
果たして、それは、ただの自分の思い込みではないかと常に、感じ方のクリーニングが必要ですね。
意外な発見があるかもしれません。
また、経験的な私感ですが、穴掘りを、だらだらと、続けていけば行くほど、子供は、自分の人生を歩むことが、できなくなるのではないかと、そう思います。もちろん、子供の個性にもよるとは思いますが。

もっと、昔、ちゃんと、こういう本を読めば良かったなあと、今更思ったりしました。
ケーシーは、敬虔なクリスチャンなので、いたるところに、宗教的な表現が、多くなされています。
私は、好きですけどね^^人によっては、うさんくさいと感じてしまうかもしれません。

----*----*----*----*

【追加】

以上のことは、すべてこれが、OKだということではないと思います。
これは、割合に、不登校初期の頃に、当てはまる事です。
線引きは、難しいと思いますが、回復期になってくると、時には、物理的に、気持ちを押してやる事も必要だと思います。
子供は、視野がせまいので、広げてやるのも大切な事です。

このタイミングは、本当に迷うところが多いですね。

ただ、親側の基本的な姿勢として、子供の先回りしないという事は、
大切なポイントだと思っています。
そのためには、子供を押し出すとき、親側の気持ちの確認は、必要かと思います。
そして、子供自身の方向性と反しないものであれば、なお、いいと思います。
自分のアドバイスが、相手の気持ちに沿っているのかどうかを
見極めるのは、ほんとに、難しいものです。
だから、何も、手を出したらいけないということでは無いのです。

我が家も、迷い迷いやっています。
時には、大失敗もやらかします(汗;

でも、その大失敗も、親子共々、これからの人生で、何かの武器になるでしょう。
そういう意味では、失敗というものは、人生において、無いのだと思います。

これが、今の私の言語による表現の、精いっぱいのところです。
まだまだ、修行がたりませぬ。。。(涙)
伝えるという事の、難しさを、ひしと感じます。
テレパシーがあったらなあ、と思ったり、思わなかったり。^^

実は、文章の訓練、ブログでやってるのです。
結構、本人マジなんですよ、奥さん!
論理的って、弱いんだ・・・私。
文が、つながんない・・・
たぶん、本を読むときも、ランダム読みするという癖も、
いけないなあと思ってます。
一頁一頁を、味わって読むのではなく、単語、印象的な言葉を
さっと、ランダムで拾って、頭の中で、話を進めてしまうような
雑な読み方が多いのです。
なので、人との会話でも、単語が先に出てしまう。
そして、後で組み立てる。
組み立てるにしても、理論的でないので、正確に伝わらない。
まあ、それでもいいのだけれど、そうしようと思った動機は、
子供との対話だったのですが。
千里の道も一歩からと言うので、めげずに、がんばります♪

また、長い記事になってしまった。
どうして、簡潔にまとめられないかなあ。。。と(;-_-) =3
奥が深いです。
文章修業。

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