author : rinrin
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いじめ【不登校】
2011-08-27 Sat 12:53
いじめ【不登校】
「いじめ」で 不登校になった

そう聞くことがあります。


私の子どもの不登校の原因の1つにも

いじめ がありました




果てはアスペルがー?

なんて疑惑も・・・


また、その上の子は、不登校ではありませんでしたが

本音を言えない

友達とのつながりが出来にくい

まじめすぎ

適当がわからない


等々・・・

本人もかなり苦労しました。


これって個性?

いじめが原因?

学校制度が悪い?

残念ながら・・・

こんな子どもたちの体質を作ったのは 

まぎれもなくAC体質の母親である私

(なんてこったい!)

そこからが、自分が変わりたい!!と

私の再出発の節目でした。


もし、お子様が いじめを受けていると聞いた時

「逃げなさい」

とか

「あなたが、要領悪いからよ」

なんて、責めないでください。


子どもは、いじめを受けていても

いじめを通してしか 人と繋がれない悪循環状態に

陥っているです。


それほど、小さい頃から 孤独感を抱えて生きているということです。

負のストロークさえも、人とのつながりに使ってしまう・・・

矛盾してますが、

これは、幼い頃からの愛情飢餓からきた

その子なりの学びの結果だと言ってもいいかと思います。


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学校に行きたい?【不登校】
2011-08-23 Tue 09:39
不登校の子どもさんたちと話すことが、時々あります。


学校に行けないのか

行きたくないのか

行かないのか


ということを自分の感情を明確に出来ないという

苦しさの中でもがいているのではないかと

そう感じます。


裏を返せば、

自分が何をしたいのか

それさえも 明確に出来ない 心の状態を表します。

特に初期段階に多く見られますね。



それなのに、

ただ、無理やり起こして

「学校へ行きなさい」

を連発マシンガンしても何も変わらないと思います。


問題は、

自分の心をありかを 明確にできないほど

苦悩しているということ



根本を知ろうとせずして、

表面だけを変えようとしても

問題は複雑化するばかりですね。

そうなるには、そうなるだけの理由があるのです。

暴れるには暴れるだけの 理由があるのです。

(それほど、追い詰められたということですね)

そして、暴れることで、子どもたちは、すっきりするどころか

さらに 自分の心を痛めつけていきます。



では、根本の問題は、なんでしょうか

いじめ?  先生の対応? 

勉強についていけない?


そうでしょうか・・・

では、学校を転校すると解決するのでしょうか

それとも塾に行けば問題は解決するのでしょうか


子どもたちが 自らの心を抑圧してしまい

自由で大らかな気持ちを失い

目の輝きを失ってしまった本当の理由を

置いてきぼりにしたまま

不登校・ひきこもりの問題が 解決するとは

私にはどうしても思えません。


根本を避けているうちに

時間だけが なんとなく過ぎていき

小・中学生だった子どもたちは、あっというまに

20歳、30歳と 過ぎていってしまうのではないかと思います。

20歳過ぎての子どもたちの苦悩は、親よりも

もっと深く複雑になります。

世間から置いていかれ、

同年代の子たちと普通に遊べない、共感できない

ニコニコしているようで 本当は心から笑えない

喜びもなく、躍動感も味わえず、達成感も無く

働く自力もない

次第に諦めになり、ただ 家の中で無為に過ごすしかなくなります。

そんな人生を 子どもたちは本当に望んでいるのでしょうか・・・

日々の現実が、子どもの心を苦しめます。


もし、子どもを 「愛している」と言うのなら、

この「事実」だけは、親御さんに しっかり認識して欲しいと思います。

私たちは、付け焼刃的方法でなく、親子関係の根本を

見直す必要を強く感じています。



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夏休み明けの期待と不安【不登校】
2011-08-22 Mon 23:00
お盆が過ぎて、急激に朝晩過ごしやすくなってきましたね。

学校へ行けない子たち、行けてる子たちに

平等に訪れる夏休みも、まもなく終わろうとしています。

不登校の子どもさんをお持ちのお母さん方も、

二学期から 行けるのか、行けないのかと

期待とプレッシャーがじわりじわりとかかってくる時期でもあります。

「夏休み、元気に遊んでいたから二学期からは行ける?」

「もう、充電できただろうから、行ける?」

「まだ、足りないのかしら、行けない?」

「行く? 行かない? 行く? 行けない?」

まるで恋に夢中の花占い


そんなお母さんの心の動きは、必ず子どもに伝わります。

お母さんの花占い加減に比例して

子どもの「心の内圧」の度合いが、決定づけられます。


中には、「私は、子どもに自分の気持ちを悟られないわ」と

豪語されている方もいるかもしれません。



が・・


子どもの「週末メランコリー」と

「夏休みもうすぐ終わるどよよ~んシンドローム」具合をみれば、

心を見抜かれているのは一目瞭然ではないかと思います。

だって子どもは、生まれて数十年、ずっと顔色を見つめてきたんですもの。

わからないわけがありませんね。

反対に、見抜かれていないという根拠を教えて欲しいくらいです


大人だって、一週間のうち、日曜の夜から月曜の朝は

気分はどんよりしますよね。

松岡修造のように「おい、仕事に打ち込め!」なんて一般人は無理^^;

「また、学校に電話をしなくちゃ」とか

「行くのか行かないのか、はっきりして欲しい」とか

なんだか、不登校の子どもさんよりも憂鬱になって

はあ~っと、ため息を無意識についたり。
(表情、しぐさ、言葉のトーン、雰囲気も含まれます)


一体親と子で、どっちが苦しんでいるのか よくわからない状態ですね。


不登校の子どもたちも同じく、

学校に行かなくても、週明けはどんより・・・

でも、子どもをよ~く観察していると、

週末が近づいてくるにつれて軽やかになっていきます。

これは、ただ単純に、お母さんの気持ちと連動しているだけだ

といっても過言ではありません。


親も子も 休み明けが、不安

不登校相談が 一気に増える時期でもあります。


高まる緊張感


ぐるぐる

なんだか、新学期が始まる前に、子どもたちは

すでに疲れ果ててしまいそうですね


夏休みに限らず、日常の生活の中でも

お母さん方は このような緊張感と期待を

子どもさんにかけ続けていること

それが子どもたちからエネルギーを奪い

疲れさせているのではないかと感じます



疲れ果てて寝てるだけならいいのですが・・・

親側のプレッシャーを子どもに与え過ぎると

壁をたたいたり、物を投げたり、暴れたり、

子ども側からの強烈な訴えに、発展してしまいます。


まずは、

長年続いてきた親子の緊張関係を緩めること

信頼関係の再構築

が先決なのではないでしょうか。

学校へ行く、行かないは、その後のお話しですね。

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楽観視をしない【不登校】
2011-06-18 Sat 12:50
不登校の問題が起こったとき
ふと、頭をよぎるのが
「このままでも、問題はないのではないか?」
「そのうち、放っておいても動き出すのではないか?」
という楽観的な思考です。

心の問題でも、同じようなことが起こります。
「このままでも、生きていけるのではないか?」

今話題の原発の問題に例えると
「このまま、原発の被害は、おさまっていくのではないか?」
と置き換えることができます。

しかし、実際はプルトニウムは高熱を放ちながら
放射能は、じわじわと大地に吸い込まれ
海へ流れ込んでいます。
放射能の数値は、毎日報道されるものの
目に見えないものを、実感として感じることは
時とともに、薄れていっているような気がします。
そして、なんだか、何も問題が起こっていないような気がして
実感を伴わないまま、大丈夫な気さえしています。

この思考の処理の仕方は、
心の問題を抱える家庭に、よく見られる気がしてなりません。

子どもたちが、目に見える問題を起こす時は
(原発が爆発した時)
あわてて、どうにかしなきゃ!と、
とりあえずの方法を考え、あたふたと奔走します。
(海水を原発炉に注入しましたね)

一旦、目に見える爆発が収まると
「それほどでもなかったかも」と
『感情の逃し』が行われていきます。

そして「このままでもいいか」と
問題から目をそむけた状態で、落ちつこうとします。

しかし、実際は子どもたちは、心にくすぶる熱を持ち続け
部屋の中に沈黙してひきこもります。

親は、子どもが、おとなしくしてくれていたら
誰に迷惑をかけるわけでもないかも・・・、
いずれ、飽きたら、バイトでも出来るだろう・・

と、楽観的に考えることで
問題に取り組むことを避けようとしてしまうのかもしれません。



「問題から避けようとする気持ち」


「その場所から、目をそむけたい気持ち」


「なかったことにしたい気持ち」


「子どもの個性だから」


しかし、問題があったからこそ、爆発は起こったということを
忘れないで欲しいと思うのです。
そして、問題は、浄化されないまま、常に発熱を続けていること。

その事実を、見ないままにしておくことは、今後起こるべく
新たな火種を、せっせと作っていることに等しいのではないかと思うのです。

暴れた子どもの気持ちを、親から「なかったことに」されたら
当の子どもは、たまりません。
くすぶり続ける不全感から、解放されないまま
何も、わからないまま、一生を送らねばならない彼らの気持ちは
一体、どうしたらいいのでしょう。


人と人間関係が構築出来づらい
コミュニケーションの取り方がわからない
人が怖い
自分の大切なものが、わからない
自分で、自分を誤魔化し続けて生きるしかない
自分の感情がわからない
空虚な心に付きまとう、深い深い、救いようのない悲しみ。
人前で、ご飯が食べれない
冗談がわからない
記憶が抜け落ちたブラックボックス
自分の言葉で語れない
負の感情で、ぐるぐる巻きになる
他者攻撃
自己否定
嫉妬・比較に苦しむ
人を愛せない  etc...


そんな人生を、私は、嫌というほど経験してきました。
同じ経験を、もう誰にも経験して欲しくないと思っています。

今、目の前で、おびえている子どもは
かつてのあなた自身だということを
思い出して欲しいと思うのですよ。

「それほどでも、なかった」

うつろな目をした子どもたち、
目を合わせてくれない子どもたちを目の前にして
本当に、そう言いきれるでしょうか・・・。


問題から目をそらし、逃げ続けた後
原発は、どうなったでしょうか。
誰にも住めない土地を、広大に作ってしまったのではないでしょうか。
人々は心の故郷を奪われてしまったのではないでしょうか。
(自分の基盤を奪われる状態)

楽観的であることは、人生を生きる上では、大切なことでもあります。

しかし、楽観的 であるということと

問題から、目をそらすということは

全く、違うことではないかと、思うのです。


「まあ、いいか~」

「逃げてもいいよね」

それで、誰が救われるというのでしょう。

逃げなかった人にしかわからない世界もあるのです。

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子どもの問題・親の問題(初級編)
2011-04-22 Fri 13:40
子どもが学校へ行かなくなった時、
親にとっては、ものすごくショッキングなことです。

「まさか、うちの子が・・・」

この時、子どもが学校へ行かないという、大きな出来ごとだけが
クローズアップされ、親の気持ちは、混沌と溢れかえりパニックになります。

そして、やっきになって、子どもの学校復帰を目的に
あちらこちらの医療機関、相談所、果ては、お祓いなどの
門をたたきます。

①この時の親は
「子どもをどうにかしなくっちゃ」
という気持ちで一杯で、子どもを叱咤激励しながら、
あちらこちらに引っ張りまわします。

②しかし、てこでも、動きそうも無いことを知ると
泣いて訴え、寝込んで訴え、怒りを爆発させる等・・・

③それでも、動かない・・・
今度は、一転して、腫れものにさわるように、
猫なで声で、子どもを操作しようとします。

それでも、だめだとわかると
「私は、これだけ、あなたのことを心配してるの!」と
②~③を繰り返していくうちに、
子どもは、昼夜逆転になっていきます。

また、②~③を長く繰り返すうちに、
親は、次第に社会が悪い、学校の対応が悪い、
あるいは、学校でのいじめがあったから、ご主人が協力的でないから
と他者へと不登校の理由をすり替えていきます。

このように、子どもを動かそうと操作し、
学校・社会への不信感を募らせていくプロセスの中に、
親(主に母親)自身の問題は、どこにも見当たりません。

これは、①~③の行動をすることで、
「私は、こんなにやってるの、頑張ってるの」と
まわりに示しながら
うっすらと思い当たる家庭での、自分の責任をすり替え
罪悪感の帳消しを行っているのではないでしょうか。
このことに、気づいて欲しいと思います。

親自身が自分の心をみつめる準備が出来た時
はじめて、不登校回復へのスタート地点に立ったと
いえるのではないでしょうか。

子どもの不登校問題は、親の問題。

まずは、大人が、変わろうとする勇気を持ちましょう。
これらの方向性をすり替え続けると
子どもの問題は、ますます、こじれ複雑になっていくことだと感じます。

子どもたちは、長い間、あなたが変わってくれる事を、

うつむき、沈黙しながら、

今も待ち続けているのです。
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くう・ねる・あそぶ~逆転現象【不登校・逆転現象】
2011-02-04 Fri 12:00
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別窓 | 不登校を考える
譲れない価値観~持論の壁 【AC・不登校】
2011-01-20 Thu 12:01
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お母さんは、心の基地【不登校】
2011-01-08 Sat 12:02
母親というものは、子どもにとって基地なんですね。
よく、飛行場や、港に例えられますが、
飛び立つ飛行機にガソリンを入れ、
帰ってくる飛行機には、メンテナンスをする。

それが、家庭の役割なのだと思います。

私自身、小学校1年の時に、
不登校らしきものを経験しています。
もう、はるか数十年前のことですが、
学校へ行こうとすると、お腹が痛くなって
誰もいないだだっ広い部屋に、ひと組ぽつんと布団を敷いて
横になっていたことを覚えています。

家から出られない。
学校へ行くのが、恐怖だと
その時、感じていたと思います。

この恐怖感は、今、私が学校へ行ったら、
知らないうちに、おうちが無くなるかもしれない
そういう不安でした。

もっといえば、おかあさんが、おとうさんとケンカをして
いなくなってしまうかもしれない。
おかあさんが、泣いているかもしれない。
だから、私が、おうちにいて
おかあさんを引きとめなきゃ、そばにいてやらなきゃ

と言っても、母親は、
自営のために、仕事場にいて、
結局は、1人で、寝てたのですが。

そんな神経症的な思考が、私を家に引き留めていたと感じます。

母親の不安定さが、私自身の心に通じて
おかあさんを守らなくてはならない、そう感じていたのだと思います。
家が安心な場所でないからこそ、
家を離れられない・・・
皮肉な話でした。



そして、我が子が、幼稚園の頃でした。
1つ違いの兄弟でしたので、
娘は、一足先に、幼稚園に行き始めました。
そして、幼稚園から帰ってきたら
必ず、ゴミ箱を確認するようになりました。

自分のいない間に、
母親と弟が、何を食べたのか、
確認の作業でした。
それは、まるで、何かを監視しているようにも思えました。

自分がいない間に、何かが起こるかもしれない。
お母さんが、不安定であることへの恐怖。
残してきた、私と弟を彼女は、監視し続けました。

当時、私は、娘がゴミ箱を確認する意味がわからなくて、
それがまた、監視されているようで、結構なストレスになり
むごいことに、ゴミ箱の中身を、
見えないように、してしまったことを覚えています。

今、思うと、私の不安定さが、
彼女が子どもらしい感情を出すことを
禁止させてしまいました。

結局、娘も、その呪縛から逃れることができず
長い間・・・、心を閉ざし続けていました。

ほんとに、むごいことをしてしまいました。

子どもからの、監視の目は、
親からの監視の目の*逆転現象もありますが、
もうひとつには、
母親の不安定さ、危うさを感じた子どもが、

「私をあなたの子どもにしてください」

「安全な港になってください」

そんな訴えがあるのだろうと思います。


そういうときは、子どもは何をして欲しいわけではなく、
ただ、おかあさんが安定し、しっかりとそばにいてもらいたいと
願っているだけだと思います。

そこには、あれこれと方法や画策は必要ないと思うのです。
中途半端に、きょろきょろして、あっちに相談に行ったり、
こっちに相談に行ったりする必要はないのではないかと感じます。

どちらも、気もそぞろになるよりは
まずは、うろうろせずに、静かに子どものそばにいてやり続けることも、
必要な時期もあるのではないかと思います。

子どもの目を盗んで、騙して画策しても、子どもは、
お母さんの行動、態度、口調、雰囲気で、ちゃんとわかっています。
そうやって、子どもを遠ざけたり、操作すればするほど、
子どもは不安になっていきます。
そうしたら、ますます、おかあさんから
離れられなくなるという悪循環に陥ります。

その時期を考えずにお母さんがさまよい続けたら
子どもも、また、お母さんの不安に引きずられて、
ずっとさまよっていかなければならないのではないかと感じます。
子どもは、ただ、おかあさんが黙って、そこに居てほしいだけなのですから。

どうしても、きょろきょろしたくなったら、
ただ、子どもを動かす方法を求めている時なのではないか?と
心の中を見つめて頂きたいと感じます。
子どもを動かす方法など、どこにもありません。
きっと、誰に聞いても、答えなど返ってきません。

ただ、カウンセリングを受けたら
どうにか、解決するなどとも、私は思いません。

やみくもに動くよりも、自分の家族の状態が、何を大事にする時期なのかを
見定めるのも、また大切なのだと思います。


*逆転現象:親の過干渉、過保護が行き過ぎたり、家庭内の「独自の理不尽なルール」が多すぎるとき、子どもは、常に監視されることになります。監視していないと、おかあさんが不安になるからですね。
「逆転現象」とは、監視された子どもからのやり返しの1つで、「私がこんなに苦しいのに、なんでわからないのだ」という究極の訴えです。家庭内暴力、暴言、逆監視などがあります。
娘が、ゴミ箱の確認をやっていたのは、この「逆監視」ですね。

また、独自の理不尽なルールとは、世代間連鎖によって母親が前の世代から受け継いだ遺物のことです。
カテゴリ「不登校の軌跡」あるいは、「コップの記憶」などの記事を参考にして頂けたらいいかと思います。


      
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昼夜逆転 ~昨今~
2010-10-28 Thu 02:20

いつの時代のカウンセラーなんだろう??


「昼夜逆転に、ならないように、気をつけましょう」


子供の気持ちを無視して、時代錯誤もはなはだしい。

子供は、しつけるための、ペットじゃない。

その言葉には、罪さえあると思う。

そうするには、そうするだけの理由があることを、
知ってほしい。

人としての尊厳が、守られること。
児童憲章にも、書かれてあるじゃないか。



人の行動には、必ず意味がある。

何を見ているんだろう・・・お偉い大学の臨床現場は。。。


遅れている臨床と現場との差に、愕然とさせられた夜でした。
現場は、そんな生易しい状態じゃあないんだよ。。。


過去の自分は、棚あげして^^;、
ちょっぴり、今夜は、怒りたい夜でした。

む~か~つ~く~・・・

なんだか、息子ブログに似てきた気が・・・^^;




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